「人生=仕事」だった私が、50代で抱えた違和感
皆さんは働く毎日の中で、ふと立ち止まる瞬間はありませんか?
「このままでいいのだろうか」「自分は何のために働いているんだろう」と。
私自身、今まさにその問いに直面しています。
40代で未経験の職種へ転職し、現在は病院で社会福祉士として働く50代の私。
仕事にはやりがいを感じるものの、強いストレスにさらされる場面も多く、表面上は冷静を装っても、心の奥には常に疲労感が積み重なっていました。
疲れて余裕がなくなると、「この仕事は向いていないのかもしれない」「これ以上、人と向き合うのがしんどい」という思いが繰り返し押し寄せます。
かといって、辞めたら他に何ができるのか。
仕事は「生活の糧」と割り切るしかないのに―。
そう繰り返す葛藤の中で気づいたのは、仕事を義務として続けているからこそ、不満が尽きないのではないかということでした。
正直なところ、私にとって仕事は「義務」そのもの。
「やりたいことを仕事にする」という発想は、これまで一度もありませんでした。
50代になって「本当にやりたいこと」を考えるのは遅すぎる―そう笑われるかもしれません。
それでも、一度芽生えた心の違和感は、もう見て見ぬふりができませんでした。
子どもの頃の「好き」が導いた新しいチャレンジ

この心の違和感こそが、新しい一歩を踏み出すためのサインかもしれない。
そう感じた私は、まず「自分の本当にやりたいことは何か」を掘り下げて探すことにしました。
自分の気持ちとじっくり向き合う中で、かつて夢中になった物やことを思い返してみたのです。
そこで鮮明によみがえってきたのは、子どもの頃からの「読書好き」という原点でした。
活字に触れる時間が、心を落ち着かせてくれたあの感覚。
「そうか、文字を扱う仕事なら、気持ちも体も前を向くかもしれない」
このシンプルな思いつきをきっかけに、「文字を使う仕事」を検索しました。
そこでたどり着いたのがWebライターだったのです。
まさに「思い立ったが吉日」。
深く考えるよりも、まずは行動してみようと、すぐにオンラインの無料相談を予約しました。
行動としては、ほんの小さな一歩。
しかし、私にとっては今まで見えなかった新しい道が目の前に開けていくような、希望に満ちた感覚を覚えた瞬間でした。
学び直しで痛感した50代の現実
インターネットで調べた2つのスクールで話を聞いたうえで、直感で選んで早速申し込み。
オンライン講座の受講が始まりました。
「五十の手習い」ということわざがありますよね。
高齢になっても何かを学ぶのに遅すぎることはない、という意味ですが、正直なところ、私の実感は「遅すぎた」でした。
まず、課題の多さに圧倒されました。
毎週の講座に課題、期限内の提出、そして修正の繰り返し。
本業があるため、課題に取り組むのは当然夜になります。
「寝る間を惜しんで」を体現する生活が、50歳を超えた体にはとにかくキツかったのです。
せっかく提出しても、戻ってくるのは修正箇所だらけのデータ。
自分の能力のなさに腹が立つのはもちろん、度重なるダメ出しに、アラフィフの心はズタボロ。
もっと若ければ「なにくそ!」と奮起できたのかもしれない、そんな風に落ち込むこともありました。
50代だからこそ持てた「いい塩梅」と「諦め」の力
しかし、50代で始めたからこそ良かったこともありました。
それは、「やるだけやって、ダメなら自分の能力はそこまでだった」と、ある種の諦めが持てたことです。
「諦める」という言葉はネガティブに使われがちですが、私は悪いことだとは思いません。
諦めることで違う方向性が見えてくることもあるし、何より自分を極限まで追い詰めることがなくなります。
自分にとっての「いい塩梅」がわかるようになったのは、40代後半からでしょうか。
人にはそれぞれ得意不得意があり、能力にも差がある。
自分が何ができて、何ができないのかを知っておけば、できないことで自分自身を苦しめることはありません。それは仕事だけでなく、生活においても同じです。
小さな一歩がくれた「ささやかな自信」
本当に大変な日々でしたが、Webライティング講座は無事修了することができました。
継続的なライターの仕事獲得には至っていませんが、この学びが、「ブログを開設する」という次の具体的な行動へと繋がったのです。
私のようなアナログ気質の人間にとって、ゼロからのサイト作成はまさに大仕事でした。
しかし、試行錯誤の末にブログが形になったとき、そこには確かな達成感があります。
ただの趣味じゃないかと言われるかもしれません。
しかし、この挑戦は私にとって本当に大きな一歩でした。
50代にして、これほど夢中になって取り組める対象と出会えたこと、そして自分でも驚くほど前向きな気持ちが生まれていることに感謝しています。
今思えば、Webライティングへの挑戦とブログの開設というこの一連の流れこそが、高齢になっても学ぶことの尊さを示す「五十の手習い」だったのだと思います。
そして、「私でもやろうと思えばやれるんだ」というささやかな自信を私に与えてくれたのです。
不安を手放す50代のための3つのヒント
新しい挑戦は、年齢を重ねた私たちにこそ、大きな喜びと自信を与えてくれます。
私の経験から見つけた、不安を和らげ、一歩を踏み出すためのヒントを改めてお伝えします。
もし今、あなたが日々の仕事に違和感を抱えているなら、それはきっと次のステップへ進むための大切なサインかもしれません。
この記事が、あなたが最初の一歩を踏み出す勇気となり、50代からの人生を前向きに変えるきっかけになることを、心から願っています。



