私がこのブログを立ち上げて、早いもので約4ヶ月が経ちました。
Webライターという仕事に興味を持ち、講座を受講したことがきっかけでしたが、仕事を探すより先に「まずは自分の場所を作りたい」という思いが膨らみ、気づけば夢中でキーボードを叩いていました。
誰かに指示された文章を書く前に、自分の言葉を置ける場所が欲しかった。
そんな衝動に近い気持ちが、このブログを始めた一番の理由だったのかもしれません。
専門用語に戸惑い、設定が分からずパソコンの前でフリーズする日々。
それでも投げ出さなかったのは、久しぶりに「時間を忘れて何かに没頭する」という感覚を味わったからです。
50代になった今、もうそんな情熱は残っていないと思っていました。
ところが現実は違った。
「そろそろ落ち着く頃」と思っていたはずなのに、なぜか私は今も全力で走り続けています。
今回は、そんな自分自身の実感と重なるように生まれたブログタイトル「人生折り返し地点からダッシュ中」に込めた本音について、書いてみようと思います。
「50歳=人生の半分」というけれど…
「50歳は人生の折り返し地点」という言葉。
人生100年時代、理屈では分かっています。
でも、実際にその年齢に立ってみると、私はある「違和感」が拭えませんでした。
0歳から50歳と、50歳から100歳。
同じ50年でも、生き方の密度が全く違うからです。
身体的・精神的な成長のスピード、環境の変化や社会的な責任。
「折り返し」という言葉が持つ、ゆるやかな下り坂のイメージが、どうしても今の自分とは重なりませんでした。
とはいえ、50歳という年齢が節目であることは、私自身も確かに感じています。
ただ、その節目に立って見えた景色は、昔想像していたものとはまるで違っていました。
「思ってたのと違う!」50代のリアル
みなさんは若い頃、50代の自分をどう想像していましたか?
20代の頃に想像していた50代は、もっと「ちゃんとした大人」でした。
落ち着いていて、迷いがなくて、スマート。
自分もその年齢になれば、自然と完成された存在になれると信じていたのです。
ところが現実は、「全然、思ってたのと違う!」の連続です。
中身は未熟なままなのに、周りのスピードについていくためには、若い頃より必死にギアを上げなければ置いていかれる。
もしかすると、かつて私が憧れた「落ち着いた50代」も、実は内側では今の私と同じように揺れていたのかもしれません。
スローダウンのはずが、気づけば全力ダッシュ

50歳を過ぎたら、少しずつペースを落として「人生の消化試合」を楽しむものだと思っていました。
でも、現実は甘くありません。
衰えていく記憶力、加速する世の中のスピード、そしてガクンと落ちた体力。
それらをカバーして「現状維持」をするだけでも、普通に歩いていたのでは到底間に合わないのです。
「スローダウンするどころか、ダッシュしないと間に合わない!」
このタイトルには、そんな50代の切実な自虐と、「だったらもう、いっそ思い切り走ってやろう」という開き直りに似た決意を込めています。
無理がきかない50代の走り方
私の周りの友人たちを見ても、みんな同じように多忙です。
仕事、家庭、自分自身のこれから…。
落ち着きたくても落ち着けない、全力疾走の毎日。
でも、50代のダッシュは、若い頃のそれとは違います。
むやみやたらに走れば、すぐに息が切れ、足がつって倒れてしまう。
だからこそ、今の自分にどれくらいの瞬発力があり、どれくらいの持続力があるのか、自分の「現在地」を正しく把握しておくことが大切なのだと感じています。
できないことは、素直に助けを求める。
自分の能力を過信せず、心と体のメンテナンスを最優先にする。
そんな「人生経験を活かした、したたかなダッシュ」を、心がけたいと思っています。
ダッシュ中の今だからこそ書けること
このブログは、完成された大人が書いているのではありません。
人生の折り返し地点で、息を切らしながら走っている人間が書いています。
同じような違和感や焦りを抱えている誰かが、「自分だけじゃないんだ」と少しでもホッとしてくれたら。
そんな願いを込めて、これからも等身大の言葉を綴っていきます。
50代、まだまだ落ち着く暇はありません。
私と一緒に、この「折り返し地点を過ぎても想定外に忙しい毎日」を走り抜けてみませんか?



