今ではNG?昭和の職場で“普通”だった3つの話

キャリア・働き方

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「え、それが普通だったの?」

今の時代なら、そんな風に驚かれてしまいそうな出来事が、かつての職場には数多くありました。
私は現在50代前半、ザ・昭和の空気の中で社会人生活をスタートした世代です。

一般企業で約16年勤めたのち、現在は病院という少し異なる環境に身を置いています。
ニュースやネットで見聞きする限り、働く環境はガラリと変わったように感じます。
「今、一般企業に再就職したとしたら、ついていけないのではないか…」と、いらぬ不安まで抱いてしまうほどです。

当時は違和感なく受け入れていたことでも、今では通用しないどころか問題になる場面も少なからずありました。
そこで今回は、私が20代の頃に経験した「当時は普通だった職場の光景」を振り返ります。
※あくまで、私が当時働いていた職場での一例です。

白い煙に沈む事務所という日常

私が20代前半の頃、営業職の喫煙者は自分のデスクでタバコを吸っていました。
仕事中、事務所の空気は常に煙でうっすら白く霞んでいたほどです。

営業さんたちが一斉に外回りへ出た瞬間、窓を全開にして換気するのが私のルーティン。
「うわ、臭い!」と心の中で毒づきながら、イヤイヤ灰皿を片付けていたことを覚えています。

当時は「分煙」という概念すらなく、同じ空間で煙を吸うのが“普通”
「煙いから外で吸ってください」なんて言えるはずもなく、ただ心の中で呟くだけでした。

数年後に喫煙所ができましたが、愛煙家の管理職は一度そこへ行くと、なかなか戻ってきません。
通称「タバコ部屋」と呼ばれるその場所で、人事の裏話や密談が繰り広げられていたことを知ったのは、もう少し後のことでした。

個別オーダーを再現するお茶くみ習慣

当時の営業所には常時6〜7人の社員がおり、女性は私を含めて2人。
入社時にはすでに「10時と15時にお茶(コーヒー)を出す」という習慣がありました。

厄介だったのは、社員それぞれのマイカップに合わせた細かなこだわりです。
「ブラック」「ミルク多め」「砂糖1杯、ミルク2杯」など、一人ひとり異なる分量を間違えずに再現しなければなりません。
人数は多くありませんが、全員の好みを正確に覚えるまでには多少時間がかかりました

使い終わったカップの洗浄や茶葉・コーヒーの発注も、もちろん女性の役割。
当時は“女性がお茶を淹れるのが“普通”だったので、何の疑問も持たずに日課としてこなしていました。
20代後半にサーバーが導入され、ようやくこの任務からお役御免となったのです。

本部長の隣が定位置だった接待役

私が働いていたのは関西の営業所でしたが、本社は東京。
時折やってくる本社の上層部を歓迎するため、その都度「懇親会」という名の飲み会が開催されました。

そのお偉いさんが女好きで有名だった場合、私たち事務職の女性は「接待要員」として同席を求められます
お店に入れば、私たちの指定席は決まって本部長の隣。

お酒が進むにつれて距離が近くなる場面もありましたが、周りの社員は度が過ぎたときにだけフォローに回る程度。
私も「おいおい…」と思いつつ、上手くいなすのも仕事の一環と割り切り、淡々とこなしていました。
今の時代なら100%アウトですが、当時はそれが組織を円滑にする“普通”として成立していたのです。

ハラスメントと信頼関係の境界線

現在では、これらの多くがハラスメントに該当します。
心身ともに働きやすい環境が整備されつつあるのは、本当に喜ばしいことです。

一方で、何でもかんでも「〇〇ハラ」という言葉が独り歩きしている現状には、少し複雑な思いもあります。

最近、職場でこんな話を耳にしました。
「厳しく指導すべき場面だが、ハラスメントと言われるのが怖くて言えない」

特に人手不足の現場では、こうした「過度な萎縮」が起きている気がします。
もちろん、相手の意思を無視して力で支配しようとする関係は論外です。
しかし、しっかりとした信頼関係があれば、必要以上の遠慮は無用のはず。
関係性が築けていないからこそ、双方がビクビクしてしまう状況に、少し寂しさを感じてしまうのです。

おわりに

昭和の職場には、今では考えられない価値観が確かに存在していました。
すべてがごちゃまぜで力任せな時代でしたが、その分人との距離が近かったのも事実です。

懐かしさと同時に、少し滑稽にも感じる―そんな記憶として残っています。
戻りたいとは思いませんが、あの空気の中で過ごしてきた自分も、決して嫌いではありません。

同じ時代を駆け抜けてきた皆さんは、あの頃の“普通”を今、どう感じていらっしゃいますか

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